海雲は夏のはじめの風に穏やかであった。 その公営住宅(こうえいじゅうたく)は、とある市域の大部分に接する内海(ないかい)の湾(わん)にせり出す、細長い岬(みさき)の先端の町の一角にある。 周囲を海に囲まれるその地は、潮の香りを随所に湛え、更に先へ向かうべくと往来を続ける車の人々の喧騒を脇に、波音とともに静かにたたずんでいた。 集落の一角にわずかの棟にて並ぶ市営団地の隅の公園(こうえん)、鉄棒(てつぼう)や滑り台、砂場(すなば)にシーソーなどが見られるごくごく小さな公園。 六月も終わりの頃、夏がせまりくる頃のあたたかな空気。 赤い服を着て遊ぶ幼い少女は、傍の市住(しじゅう)の影のもとで、海辺の町の夕刻の雲下に静かな笑声を響かせるのだった。
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