牛頸平野神社の『厳島社』

2006年7月31日
 宮口を過ぎた先、奥の鳥居のわずか手前の右手に座する小さな社。市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)を祀り、地の者が弁財天(べんざいてん)と呼ぶというこの祠について、牛頸郷土史発行委員会の編纂書『牛頸郷土史』には次のような説明がある。

一の鳥居をくぐると右側に深さ80cmの石垣の空堀を廻らして石橋が架かり、「厳島社(いつくしましゃ)」の神額を掲げた祠(ほこら)がある。

 地元の人達は「弁財天(べんざいてん)」と呼んでいる。弁才天はインド古代神話ではインダス川の水神である。日本には仏教と共に伝えられ知恵、財福、名声、解脱(げだつ)を求める者に功徳(くどく)があり、技芸(ぎげい)の神としても信仰されている。

 後世になり神仏習合(しんぶつしゅうごう)の思想から日本の宗像三女神の一神市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)と習合して厳島社となり、牛頸川の水源に位置する水分(みくま)りの神として、農耕に欠かせない水神として祭り始めたものであろうか。

 旱天(かんてん)続きの時にはこの祠を囲む堀に牛頸川の水を入れて、雨乞(あまご)いの祈願を行えば必ず雨が降るという伝承がある。』...


牛頸平野神社|紀行道中写真館

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