九州、福岡(ふくおか)、大野城(おおのじょう)の地。 この地にその一角を北へと流れる牛頸(うしくび)と呼ばれる川がある。やがて御笠川(みかさ-)となって博多湾にそそぎゆくこの川は、市域の南方にその水を湛える牛頸ダムから発している。 牛頸ダムは南に牛頸山を仰ぎ見、更に南に山神(やまがみ)ダムを湛え、鬱蒼と繁茂する森に囲まれ、大字(おおあざ)牛頸で示されるその場に常世静かにたたずんでおり、どうしたわけからか心霊名所としても名高い場所となっている。ダムの周囲には車道が通っている。ダムを周回する車道である。界隈は公園などが散在する程度で目立ったものもなく閑散と在るが、界隈をゆく人のおそらく多くが視界に入れるであろう道端の一角に、その事物は孤影を示して存在している。ちょうどダムの東脇の雑木に囲まれた地点、そこに小さな祠(ほこら)がたっているのである。 名を『山の神』という。
ただ何らかの信仰のもとに在ることは確かであろう。 山の神―広義には、その山を治め、その山に関わる者を守護するところの神―山に宿る神々の総称であるという。牛頸山は、古くあっては、山岳信仰の対象としての霊山であったとも考えられている。山の神との名を持つこの祠はまさしく間近の山の神を祀ったものなのであろうか。 文月も終わりの午後の時刻。辺鄙たる地の山の神の祠は夏の虫々の協奏と茂る緑林とに包まれて静かに在った。 |