伯玄社(はくげんしゃ)遺跡は、福岡県春日(かすが)市の北部伯玄町地内にある、弥生時代から古墳時代にかけて(すなわち、今からおよそ1700〜2300年前)の墓地を中心とする遺跡である。 昭和41年(1966年)この地が春日町(当時)の中央公民館の建設地になったことで、同年6月より緊急にその調査面積2400平方メートルにおよぶ半年間の発掘調査が行われ、その結果様々な事物の出土が確認され、以降遺跡として保存されることとなった。 出土遺物は甕棺墓(かめかんぼ)、土壙墓(どこうぼ)、竪穴住居跡、またこれらから少々下った時代の神社の遺構など。このうちの土壙墓の中には板の形跡や炭化木板の痕跡が検出された木棺墓もあり、調査当時弥生時代前期のこの木棺墓は全国初の出土例として注目された。また甕棺墓のうちの弥生時代前期のそれについては、甕棺墓の先駆をなすものとして『伯玄式』の様式名が用いられることがある。 その他、板付式(いたづけ-)と呼ばれる小型壺型土器、土壙墓から朝鮮製とされる柳葉型磨製石鏃(りゅうようけいませいせきぞく)6本が、中期の小型の甕棺墓から貝釧(かいくしろ、貝輪)が、それぞれ出土。全般に副葬品が少ないことから、国指定史跡岡本遺跡で知られる同市の『須玖・岡本遺跡』とは対象的な『農耕集落の共同墓地』であると推定されている。
出土品一覧
所在は福岡県春日市伯玄町2丁目24番。県道31号(福岡県道31号福岡筑紫野線)と県道56号(福岡県道56号福岡早良大野城線)とが交差する地点のわずか南西、自衛隊福岡病院のわずか北、春日市商工会館の敷地横。近場(北西、小倉街区六丁目)に光照寺や薬師堂(同小倉街区二丁目)、国指定史跡須玖・岡本遺跡を内に有する奴国の丘歴史公園(岡本街区六丁目)などがあり、わずか南西の道路脇の地点に伯玄児童遊園およびけしの実児童遊園などがある。 |