春日三郎天神社

春日三郎天神社の鳥居  地は九州北部。春日(かすが)市は福岡県(ふくおか-)のほど中央部に位置する小さな市。市域の一角には地域一ノ宮として春日神社が鎮座し、この宮の名をその名の由来としている。

 東向きに鎮座するこの宮の前を走る細い車道、通称"春の社通り"を南手へわずかに進むと、その一角の左脇に細い路地が伸びている。家々に挟まれながら東へ伸びるその路地の奥部、その右手の一角に、一箇の社が鳥居をのぞかせ、雑木に包まれ座している。

 社の名は三郎天神(さぶろうてんじん)。

春日三郎天神社の宮口
宮口
 祭神:埴安命(はにやすのみこと);江戸期の儒学・本草学者たる貝原益軒(かいばらえきけん)の編纂によるこの地に名のある史書"筑前国続風土記"の"附録再調子神社書上帳"に『三郎天神は埴安命なり』とある。埴安命―日本神話に登場する、土や大地をつかさどるとされる神。

 ほど近くにある九郎天神(くろうてんじん)や地禄天神(じろくてんじん)とともに春日神社の末社であるという。

 創立暦年、不詳。春日神社の史料のひとつである"春日大明神記録"には『春日神社末社三郎大明神は春日神社より南二町ばかりの御社あり』と、筑前国続風土記の"附録"には、『三郎天神ムラミナミにあり』とある。

 境内は、昭和52年(1977年)に道路拡張のため無償提供により10.16uの範囲を失った結果、その面積今におよそ251.23u。
春日三郎天神社と秋口の空
鎮守の木々
  • 境内の立木
  •  椋(むく)の木:1本;幹回り約3.1m。樹高約20m。平成5年(1993年)、市の保存木に指定。
  •  椿(つばき):10本
  •  山茶花(さざんか):1本;平均幹回り0.7m。樹高8〜9m。
  •  樅(もみ)の木
  •  イチイの木
  •  その他、多数の中低木。
  •  昭和の初め頃は、現社殿付近とその南側は真竹林であったという。
春日三郎天神社の社殿
社殿
 敷地のうちは静寂に包まれ、手洗石、『石垣寄付者芳名碑』、明治21年(1888年)のものという『耕地買入金寄付姓名碑』とともに、その奥部に社殿たる祠を据えている。
  • 祭礼
  •  1月5日:御座祭;もともとは旧暦12月14日に行われていたが、昭和42年(1967年)からこの日(1月5日)に改められたという。当番座の手造料理によって「区公民館」(春日神社境内脇に所在)で正午から行われる。
  •  4月25日:春籠り;春日神社の宮司が早朝に祝詞を奏上。氏子一同は参詣する。各家庭手造の寿司等を折敷に盛り、季節の料理を持参し折敷を神殿に献じた後、境内で『直会』に移る。平成9年(1997年)からは、折詰弁当の購入に変えられた。
  •  7月25日:夏籠り;春籠りに同じ。
  • 通夜
  •  12月25日の夜、近隣の戸主たちが、境内に自生していた真竹を切って燃やし、御神酒と干し鰯(いわし)を神前に供えたのが昔。夜の静寂を破って、生竹のはじける音が響いていたものという。今にあっては、近隣の者数人が家から竹木を持寄り、深夜まで焚火をする。この焚火の慣習の由来は不詳という。
  • 御供田(宮座田)
  •  所在地:福岡県春日市春日5丁目34番地および35番地
  •  面積:458u
  •  当初は『上居屋敷(かみいやしき)1236番地』の地目宅地二畝十六歩であったが、明治21年(1888年)に福岡の重松辰次郎氏所有の字惣利(そうり)小名・持田の地目田四畝十八歩を買い、翌22年(1889年)に池田太市氏所有の字円入(えんにゅう)1318番ほのけ「クボタ」地目田七畝十八歩と交換がなされる。昭和56年(1981年)、春日土地区画整理により、春日5丁目に換地移転、翌57年(1982年)に信託登記がなされる。受託人は池内金吾氏・白水巌氏。

所在は福岡県春日市春日2丁目149番。近場に長円寺などがある。

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