春日九郎天神社

御潮井橋から見られる春日九郎天神社  地は九州北部。春日(かすが)市は福岡県(ふくおか-)の中央部に位置する小さな市で、市域内に鎮座する地域一ノ宮春日神社をその名の由来としている。

 東向きに座するこの宮は、その境内より東の方角に向かって細い参道を伸ばしており、その道が途切れた末に続く道を更に東へ進むと、やがて、大野城市(おおのじょう-)南部の牛頸山(うしくび-)より発する二級河川、すなわち牛頸川と呼ばれる川に当たり、そこには御潮井橋(おしおい-)と名づけられた橋が架かっている。

 この橋の西のたもと、ちょうど橋の春日神社側のたもとの一角に、川のせせらぎをその脇に湛え大きな樹木を脇に据えて、一見で神社であることを思わせもする小さなが祀られている。
春日九郎天神社の社殿  祠の名は九郎天神(くろうてんじん)。
  • 祭神
  •  黒男大明神(供老大明神とも)
 創建歴年は不詳であるという。春日神社の史料のひとつである『春日大明神記録』に『供老大明神は御祓川の側におはします。』と、江戸期の儒学者・本草学者たる貝原益軒(かいばらえきけん)の編纂によるこの地に名のある史書『筑前国続風土記』の『附録』に『春日神社の艮(うしとら)二町ばかり、道の傍に大楠一株立り、樹下に石神あり、黒男大明神という。』と、また同書の『拾遺』に『黒男大明神東二町許祓川の辺大楠の下に在。石神なり。むかしの祭田とて村の東に、黒男免といふほのけの田有。』と記されているものという。古くは"オクロウサマ"などとも呼ばれた社で、ほど近くにある三郎天神(さぶろうてんじん)や地禄天神とともに春日神社の末社であり、春日神社の年中行事たる婿押し祭の流れのひとつであるお汐井取り(おしおいとり)の場ともなっているという。
  • 境内
  •  その面積およそ84.2u。春日神社の東方約1000m足らずの牛頸川沿い、御潮井橋のたもとにあり、横0.91m、縦1.1mの楕円形状の盃状欠石が置かれている(みかげ石)。社殿の西側には『筑前国続風土記附録』に記載されている大楠(おおくす)がある。この大楠は、幹回り約6.6m、樹高約20mにして、春日市指定保存樹木。

     次の一節は、春日神社発刊の郷土史料にある、『祭田』についての記載である。

    不詳。ただ、白水百太郎の昭和10年(1935年)9月26日の日記に、『九郎天神ノ座前計算ヲ与助、弥三郎、才吉母』として記されたものがある。平成8年(1996年)11月に吉原マツエ(旧姓白水。明治45年、春日生まれ)は、『私が幼い頃はクロー天神様近在の数軒でお籠りがあっていた。祭田は無く、池の頭池近くの田を借りて、祭田にしていた。』と語っている。また、井上弥三郎の妻アヤ子(明治42年12月生まれ)は、『クロー様田の田植と言っていた。田は池の近くで、田植をしていると大きな蛭が、いつの間にか足に吸い付き、気が付いたときには大分血を吸い取られて痛かった。氏子は、白水金雄、山下弥吉、白水百太郎、藤才吉、白重与助、白水亀三郎、古賀夘市、青木忠次郎、井上弥三郎で、白水寅雄も転居してきて加わったと思う。』と言っている。』...
 右脇の道を直進すれば長円寺の門を通り過ぎ、やがて春日神社の参道に入る。
所在は福岡県春日市春日2丁目123番及び124番。ほど近くに奈良松山、ミソ石などがある。

神社|福岡県春日市|紀行道中写真館

Copyright (C) 2006-2007 Ψ, all rights reserved.
Powered by w.nsview.net/